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金メダル級の言葉をもらった2回目のセミナー

 セミナーを企画するのは人生初です。中国語と日本語のレッスンを10年しているので、人前で話すことには慣れている方だから、人さえ集まってくれたらいくらでも話せる等と自惚れて企画したのです。しかし、2回目のセミナーが無事に終わり帰宅すると、ばたっと床に転がったきり動けなくなりました。想像以上の緊張と疲労感。レッスンとセミナーの違いが身に染みています。マンツーマン、クラスレッスン、日本人のビジネスパーソン、中国の子供たち等、受講者の年齢、性別、母語、レッスン場所、日々様々な環境や条件でレッスンしているので人前で話すことに慣れている、というよりその緊張感に慣れているという感じです。10年間、失敗も反省も山ほどあります。そういう経験を経て、最近はどこに意識を集中させれば緊張にのまれてしまわないかが何となく分かってきました。どこに集中するか?それは受講者と共有している目標を達成するぞ!という意識です。どのレッスンも開講の時に受講者の達成目標を確認します。受講者は日本語、もしくは中国語を習得しなければ自分の日常生活を安心して過ごし、仕事を円滑にすすめることができないことを知っているので、初めての顔合わせの時から早速、講師と受講者は同じゴールを目指して二人三脚の体制で走り始めることができるのです。

 

 今回のセミナーの対象者は中国語を母語とする人に日本語や勉強を教えている先生たちで、お題は『コミュニケーション中国語』です。テーマを見て集まってくれた皆さんなので、共通のキーワードは「中国語」と「日本語教育」です。しかし、お集まりの皆さんがそれぞれ活躍している場所、環境や条件は異なります。私は、すべての方に共感してもらえる事を話さなければいけないと考えていました

 

 受付時間スタートと同時にほぼ全員の方が会場にお揃いになっていました。「電車賃と休日の貴重な時間を無駄にした。」と言われないようにしなければ。レッスンの時とは違うプレッシャーを感じて肩がガチガチになっていきました。お一人お一人にご挨拶をして私自身が会場のムードに慣れてきたとき、「全員にウケる話をしようとするのはもうやめた。」と開き直れる瞬間がありました。私が「セミナーの後半は中国語のレクチャーです。」とプログラムの説明をした時に「日本語指導は直接法でやっています。中国語に興味はありません。」とはっきりおっしゃる先生がお二人いらっしゃったのです。

 

ここから下は、瞬時に私の頭を駆け巡ったことばです。

 ”参加型セミナー”をかかげているので、参加も不参加も自由でいいのだ。私は元々の企画意図どおりにしゃべろう。日本にこれだけ多くの中国人が働いたり旅行に来たり勉強に来たりしているのだから、日本人にとって中国語がもっと身近な言葉になったらいいのではないか。お互いの言葉を勉強することで文化や習慣の違いを理解するきっかけになるかもしれない。だから、中国語セミナーを開こう。その時は、中国人の日本語学習者を一番近いところでサポートしている日本語の先生たちに来てもらいたい。しかし、これは私の勝手な希望で、それを押し付けるこないとはできない。私は「中国語に興味がない」という言葉を聞いて意気消沈するよりも、むしろ「義務教育の中で行われている日本語教育の現場の話」だけを聞きに墨田区まで来てくれたお二人の先生に感謝すべきなのだ。

 

 冒頭30分で私の自己紹介も兼ねて企業内中国語研修と義務教育内の日本語指導の状況をご紹介したり、観光庁の訪日外国人や法務省の中長期滞在者のデータ、国際交流基金の日本語教育のシステムやテキストなどをご紹介しました。後半1時間のメニューは『中国語の概要』、『発音のコツ』、『すぐ使える中国語フレーズ』です。

 

 参加型セミナーを目指していましたので、皆さんには中国語の発音の練習を沢山していただきました。「大きな声で」とか「恥ずかしがらずに参加して」などの声掛けをすることになるだろうと思っていた私の予想を裏切り、全員が視線を真っすぐ私に向けて大きな声で発音の練習をしてくださったのです。いうまでもなく、語学を身に着けるにはとにかくしゃべる、しゃべりまくることが一番の近道。日ごろ、外国にルーツを持つ老若男女に日本語を教えている先生方ですからそこを体験的によく理解されていて、私がびっくりするくらい熱心に集中して大きな声で参加してくださいました。会場のど真ん中に座っていらした「中国語には興味がない」お二人の先生も大きな口を開けて何度もリピートして中国語のフレーズを練習してくださっていました。

 

 セミナーがお開きになり、お一人ずつお見送りをしていると、件の先生が満面の笑みで「新しい興味の扉が開きました。」と言ってくださったのです。

 もし、私が北島康介氏だったら、「なんも言えねぇ」と言っていたでしょう。「新しい興味の扉が開いた。」なんていう予期せぬ素晴らしい言葉を聞いた時、これは金メダル級の言葉をいただいたなと思いました。